朝鮮半島と日本を巡る古代史の魅力
唐・新羅・高句麗・百済・日本が入り乱れて権謀術数を尽くし、さらにそれぞれの国の内部でも権力争いが耐えない。一旦新羅・唐の連合軍に滅ぼされた百済は再起を期すが、再起の立役者の将軍の福信は百済王に切られてしまう。そして白村江の戦いになる。戦力的には日本軍のほうが優勢だったのに、戦術のまずさから唐に敗れる。ドラマチックな展開に、もっと関連する書籍を読みたいと思った。 任那に日本府があったと昔は習ったが、著者はそれを否定しているのも新鮮だった。 難を言えば、著者の文章はやや思い込みが過ぎる。日本書紀と唐書を比較検討して、事実は事実、推測は推測と淡々と書いたほうが訴求力は強かったと思う。
敗戦史観の見直しを提唱
日本と中国、最近の動向もそうですが、大昔から東アジア地域の政治的な影響力をめぐって争いが絶えないようです。その狭間に絶たされる朝鮮半島は、いつも両勢力の係争・衝突の地となり、古来ひとかたならぬ苦労を強いられています。地政学的な宿命ということでしょうか。 さて、本書は7世紀中葉における中国・日本・朝鮮半島の政治状況を概観しつつ、特に朝鮮半島内部における政治的展開が日中両国を巻き込みながら進んでゆき、ついに白村江で関係勢力全てを巻き込む一大軍事衝突に至ってしまった経過を紹介するものです。 この戦争については、「日本は唐に物量的に圧倒されて白村江の戦いに敗退し、その結果、朝鮮半島における政治的影響力を失った。戦後の大和朝廷は、唐からの進攻の可能性という対外的緊張の中、律令制に基づく中央集権体制を強力に推進した」という見方が一般的なようです。これに対して筆者は、各種史料の読み込みと持ち前の論理的推理により、当時の状況は必ずしもこうした「敗戦史観」に合致するものではなく、日中両国の戦略目標の置き方や中央集権の度合いに基づくチームワークの良し悪しが勝敗を分けた鍵であり、また、日本は戦後においても半島に対する軍事的影響力を保持し続けていたことを説き明かそうとしています。 この主張の当否については、読者がそれぞれに判断するしかないことと思いますが、小生的には、些か主観的ながら興味深いものとして受け止めました。
古代最大の対外戦争の実像とは
白村江の戦いは、漢が崩壊して以来の東アジアの動乱の時代の劇的なクライマックスであった。 隋に続いて中国を統一した唐、百済および高句麗を滅ぼさんとする新羅、そして古代国家体制完成を目指す日本の思惑が入り乱れ、その焦点が朝鮮半島・白村江に激突した。 遠山氏は、同時代資料を丹念に検討することから、その実像に迫り、これまでの通説を覆し、新たな古代史像を提示する。
古代東アジアのパワーゲーム
朝鮮は中国と日本という二つの大陸に挟まれているという話を聞いたことがある。 朝鮮半島から見れば日本とは中国と比肩するような覇権国家であった時代が長かったということだ。 この書で扱う時代も日本が中国に真っ向から対抗しようとした時代である。中国統一の余勢を駆って全盛期を迎えつつある唐。 中央集権体制を整え、国力を高めつつある大和朝廷。 勝敗の帰結を決めたのは律令体制の完成体といえる唐とまだ豪族集合体から脱しきれない日本という国家の成熟度であった。 日本と中国の最初の正面衝突とも言える白村江の戦いを主たる舞台とし、主要なプレーヤーである唐と大和朝廷や三韓諸国を平行して描くことによって単なる一国史ではなく、ダイナミックな東アジア同時代史を描こうとする図はなかなか興味深い。これまで見ていなかった戦乱の同時代的特徴がよく見えるようになった。 孝徳朝や斉明朝の政治も朝鮮半島や中国との関係性を入れた視座から見ることにより、遙かにその意図が見えやすくなっている。 特に蝦夷征伐を水軍力の増強とつなげ、朝鮮半島計略の重要な一部となっていたという記述は今まで考えてみたこともなかった。当時の大和朝廷の政治戦略の範囲とは予想以上に広大なものである。 中国側に視点を移すと、隋の滅亡の原因となった高句麗を重要視することは当然であるが、海の向こうの日本も含めた朝鮮半島経営の構想を有していたことは意外の感もあった。 幾分、筆が滑りすぎている感もあるが、丹念な研究の結果であることが著述の隙間からも十分に読み取れる。 日本・国に限らず古代史に興味のある方々には一読を勧めたい。
講談社
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